君が代


「君が代」が、日本の国歌にふさわしいかどうかについては、教職員はもちろん、生徒のなかにもさまざまな意見があります。歌いたい生徒もいれば、歌いたくない生徒もいます。しかし、自分の大好きな先生が処分を受けるということになったらどうなるか。やむなく起立し、歌うことにならざるをえないでしょう。これが「生徒の内心にまで立ち入った強制」でなくて何なのか。高校生を、自主的な判断力をもった独立した人格としてみとめない。教師をいわば「人質」にとった形で斉唱を強制する。これは直接「立て」と命令するより、さらに卑劣なやり方ではないでしょうか。

 もう一つ、これは、ある都立高校の教諭あての「厳重注意」であります。この先生が「ホームルームで生徒に対し、卒業式における国歌斉唱時に内心の自由があるので起立して歌わなくてもよいという趣旨の発言をした」ということを問題にし、「今後、このようなことがないよう厳重に注意する」とあります。これも異常きわまりないことです。「内心の自由があるので起立して歌わなくてもよい」ということは、内閣官房長官が、政府の公式の見解として国会で答弁したことではありませんか。政府の見解を、そのまま生徒に伝えたら、教師が「厳重注意」とされるとはどういうことか。こんな理不尽なことはありません。

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  •  こうした無法が東京都でまかりとおっているのに、政府・文科省は「適切な判断」と都の教育委員会を擁護しています。これではいくら政府が、「児童生徒の内心に立ち入った強制はしない」といったところで、空語に等しいではありませんか。教育基本法が改定されれば、東京都でおこなわれている無法が、全国に広がることが強く懸念されるのであります。

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